TIDFボランティア観察記-1-緑のグループの映した台湾の80年代

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台湾国際ドキュメンタリー映画祭(TIDF)について当サイトでは、過去「2016 年前半は「台湾国際ドキュメンタリー映画祭」をテーマの一つに。」で TIDF にかかわることを決めた経緯のほか、記事タイトルに【TIDF】として事務局発表のリリース翻訳をお届けしてきた。関連記事は上のメニューから「Taiwan DOC」を辿ってみてほしい。さて一方、ボランティアはどんなふうに TIDF にかかわっているのか、またその活動を通して感じたことを記録しておくことにした。今回はその第 1 回として注目するプログラムを紹介する。

2 月 26 日(金)、ボランティアスタッフ向けの講座が行われた。月 1 度のペースで行われているもので、去年は、今回台湾コンペ部門のノミネート作品を観たり、台湾の別の映画祭のスタッフとの交流、日本の山形国際ドキュメンタリー映画祭の参加報告会と、盛りだくさん。年が明けてからは、海外作品の中国語タイトルをみんなで考える時間も設けられ、映画祭が近づいていることを実感する。

今回は「プログラム紹介+映画の選び方(TIDF 影展節目架構介紹+如何選片)」という内容で、映画祭のプログラムディレクター、林木材(ウッド・リン)さんが全体像を説明するという場に参加してきた。およそ 1 時間半、コンペティションの作品選定の過程や、各プログラムを設けることにした経緯など、時に現時点での予告編を見せながら、紹介される映画祭の話は奥の深いものだった。

プログラムの詳細は今後、公式発表や予告編の公開など、別の機会に改めて紹介するとして、個人的に気になった内容を一つご紹介しておきたい。それは、映画祭のプログラムの一つ「台灣切片(Taiwan spectrum)」で紹介される「緑のグループ(綠色小組)」の撮影した映像だ。 緑のグループ、という名を聞いたことのある方はそう多くないだろう。このグループについて、台湾映画の抱える状況をさまざまな論考でまとめた『台湾映画表象の現在(いま)-可視と不可視のあいだ』(あるむ)に次のような一節がある。少し長いが引用する。

1980 年代は台湾社会運動が勃興し、発展した時代である。䔥新煌の研究によれば、1980 年代に新たに起きた社会運動の数は 14 にものぼる。当時、台湾では街頭デモが盛んに行われており、映像作家が現場でデモの衝突を撮影し、ただちにコピーしてばらまき、政府のメディア報道の独占に対抗したことが、台湾の新たなドキュメンタリー時代を切り拓いた。1980 年以前には、政府もしくは公の機関のみがドキュメンタリーを製作する力を持っていた。この時期の映像記録は、台湾の民主運動においてキーポイントとなる役割を果たした。1986 年に設立された「緑色小組」は、映像を主とする民間少数派メディアの出現を代表する存在である。彼らは映像メディア・ツールの大衆化と、民間の力が映像テクノロジーをとおして公益事業に介入し始めたことを示しており、独立した思考を持つ近代公民意識の形成を促した。これより、政府は二度とほしいままにメディアを独占することはできなくなり、台湾の民衆も少数派メディアのばらまくビデオテープをとおして、主流メディアの映像が示すものの外にある「台湾」を認識した。 (本文より。なお参考文献名は割愛)

この日、紹介されて目にしたのは、当時のテレビで報道された「事件」の当事者の逮捕映像と、緑のグループが撮影した街頭演説の映像だった。それぞれに伝えた内容は明らかに開きがあった。「事実をねじ曲げる」としか言いようのないくらいに。

起きたことを、誰がどういう立場で、どんなふうに伝えるか、はたまた伝えないか。自分が体験した事実とは違うことが公のメディアで伝えられ、逮捕され、罪を問われる。こんなことが日常的に起きたら、当然のことながらメディアを信じる人はいなくなる。伝える、ということのあり方を目の当たりにしたのだった。

驚くのは、これが 1980 年代の映像だということ。東西冷戦が崩壊しつつあった時代とはいえ、それはヨーロッパなど遠くの話ではちっともなくて、むしろ日本のすぐ隣で起きていたのだ。そうやって隣で起きていたことを、ちっとも知らずに育ってきたということに呆然としてしまう。同時に、今の台湾に言論の自由が開かれてきたのは、こうした民間の、民衆の力があったからなのだと感嘆せざるを得ない。

ところで日本で「伝える」ということに皆が切実な危機感を抱いたのはちょうど 5 年前ではなかったか。何が起きているのかを伝える人がいなければ、判断は難しくなるし、身動きが取れなくなる。だからこそ、自分で知ろうとすることは大切なのだ、とあの時、思ったはずだった。

さて 2016 年は緑のグループ結成から数えて 30 周年。この機に 30 年前の台湾で何が起きていたのか知りたい、と切に感じた。なお、この予告編が事務局公開されたら改めてお届けする予定。

 

台湾映画表象の現在―可視と不可視のあいだ

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