黄昭堂著『台湾総督府』を読む。

日本への帰国も旅も難しくなりつつある近頃、どんなことを発信すればいいのだろうと、ない頭をひねった。で、出したのが、本なら時間も空間もも自由自在だ!という答え。そんなわけで、手元の書籍を紹介していくことにした。

初回は、100年前の台湾に旅する1冊、黄昭堂著『台湾総督府』である。

ちくま学芸文庫の1冊として筑摩書房から本書が出されたのは、奥付によると「2019年6月10日 第1刷刊行」となっている。だが、本当の意味で最初に刊行されたのは、そのもっとずっと前、1981年4月15日のことだ。なぜか何度も版元が変わっていたことだけは知っていたが、書店で見かけないものだから、ずっと日本の出版社に版権はないのだろうと思っていた。だから、書店で新しい版元で新たに刊行された本書に巡り合い、即購入。本当に感謝の気持ちでいっぱいになった。筑摩書房さん、ありがとうございます。

さて、本書を簡単にまとめるなら、日本が台湾を統治していた時代に設けられた統治のための組織である台湾総督府の、成り立ちから終焉まで、日本が台湾で何をしたのかがこの組織を通じて描かれた1冊だ。

今回、文庫という一般に広く手に取りやすい形式で出版されたが、大学大学院生、日台関係にかかわる人にはぜひ手にとってもらいたい1冊。

まず「はじめに」で書かれた冒頭の一節は、本書の原版の刊行から30年経った今にも通じる。

 最近、米国でなされた世論調査によれば、フィリピンが米国の植民地であったことを知らない米国市民は、3割を超えているという。
 日本において、類似の調査がなされたかどうかは詳にしないが、日本帝国が台湾を植民地として、半世紀にわたって支配したことを知らない日本人が着実にふえていっていることは、疑いのない事実である。日本における歴史教育は、台湾にふれることが少なく、年間3万点ちかくの新刊書がはきだされるこの国において、台湾に関する書籍はほとんどみあたらないのは奇異でさえある。

『台湾総督府』(ちくま学芸文庫、11ページ)

目次をみると、その目配りの丁寧さが際立つ。

序章 日本と台湾
1 台湾領有
  緊迫下の授受手続き/台湾攻防戦/領有の確立
2 初期武官総督時代
  暗中模索/児玉総督と後藤新平/弾圧と建設
3 文官総督時代
  大正デモクラシー期の総督群像/台湾人の政治運動/満州事変後の総督たち/文官総督支配の実際
4 後期武官総督時代
  戦争下の台湾総督府/大戦下の台湾人/躍進の実態
5 台湾総督府の権力
  台湾総督の地位/軍事権/行政権/立法権/司法権/「台湾の土皇帝」
6 台湾総督府の終焉
  最後まで残った差別/50年にわたる支配に終止符

『台湾総督府』(ちくま学芸文庫、目次より抜粋)

日本が台湾を領有する前に始まり、時代を追いながら、押さえておきたい人物、社会的背景、さらには組織構造、権力の大きさまで、網羅されているのだ。

文庫の袖に書かれた内容から抜粋すると、著者の黄昭堂氏は1932年台南生まれ。1959年に東大に留学した後、聖心女子大学、東大教養学部、昭和大学などで教鞭をとりながら、台湾独立運動の主導者として活動していた。日本から台湾に帰国したのは92年。2000年には台湾総統府国策顧問も務め、2011年に他界。

余談だが、台湾大学の図書館の5階には「臺灣研究資料區」というコーナーがあって、時折利用している。ここには、数人の台湾研究者としてよく知られる人たちの所蔵が残されている。黄昭堂氏も書籍を寄贈した一人だ。今のようにネットもなく、足で探す時代に、1冊ずつ手に入れて、きっと大事に保管してきただろう棚をみると熱い気持ちになる。

肝心の内容だが、文庫版で269ページだから、量としてはさほど多くない。だが、内容は折り紙つきだ。ある時、私の通う大学院の授業で、やっぱり研究者として著名なK先生が言っていた。「この本はね、井出季和太の『台湾治績志』を主な史料として書かれてるんだけれど、私は本書以上に『台湾治績志』を使いこなした研究書はないと思う」——同じ研究者として最上級の褒め言葉ではないだろうか。

読み終えて強烈に感じるのは、私がまったくもって日本人だということだ。総督府の官僚だった井出季和太が『台湾治績志』を著したのは、時は1937(昭和12)年、台湾統治40周年を期してのことだった。長期にわたって図書館に通い詰め、膨大な総督府文書をまとめた井出も井出だが、そこには当時の日本人のモノの見方が大いに反映されている。だから「される側」から著された本書を読むと、立場の違いが日本統治の記述の違いとして現れていることに、ハッとさせられる。

そして思うのだ。どこかで私は、日本という国籍にとらわれてしまっていないか。それが見落としているものがないか、と。台湾に暮らす日本人として、時に日本代表みたいなことを求められたり、台湾代表みたいなことを求められる。だけど、そういう時こそフラットでいたい。大いなる気づきをもたらす1冊だ。

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