『職業、ブックライター。』を読んで考える新語のよさ

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法

著者の上阪徹さんのことは、振り返ればずいぶん前から存じ上げていた。いつだったかもはや覚えていないのだけれど、『プロ論。』シリーズのうち最初の 1 冊を買って、仕事に向き合うための勇気をもらっていたのだ。同書の発売は 2004 年だそうだから、気づけばもう 10 年も前のことになる。そうか、これも上阪さんのお仕事だったのか、と本書で知った。

本書は、昔で言うところの「ゴーストライター」の仕事とそのノウハウについて書かれた本だ。普段どんなふうに仕事をし、何に生きがいを感じているか、また編集者や著者とのコミュニケーションの方法、取材や目次を作っていくプロセス、月 1 冊 10 万字をコンスタントに書いていく具体的なノウハウ、タイムマネジメントの実例などなど、テキストに、本にかかわる仕事の人には参考になる内容ばかり。

さらに読み終えて、この「ゴーストライター」という、どこか後ろ暗さが漂う呼び名はもう、しっかりと葬ったほうがいいんじゃないかと感じた。上阪さんはこう記している。

文章の素材になっているのは、あくまで著者自身の経験であったり、知見であったり、ノウハウであったりします。それを十数時間の取材で引き出し、本の形にまとめるのが、私の仕事です。言ってみれば、内容を構成する力や文章を書く力を、著者に代わって提供している、というわけです。(略)
多くのケースで、著者は文章を書くことや本を書くことを専業にしているわけではありません。文章を書き慣れていない。(略)
ブックライターという他人に書いてもらってまで本を出す必要はないのではないか、と思われる人もいるかもしれませんが、自分で書く人にしか本が出せない、ということになれば、多くの本は世に出ないと思います。さまざまな学びが得られる本を、読むことができなくなるということ。果たして、世の中にとって本当にそれでいいかどうか。これもまた、あまりにもったいない話だと思うのです。
(本書より)

本は、形態はまるで違うけれど、Twitter ならリツイートボタン、Facebook ならいいね!ボタンと同じ機能といえる。気づいたこと、考えたこと、体験したこと、そういうものを本という形でいろんな人とシェアしていく。そういう意味で、SNS のボタンというかシステムを担っているのが、ブックライターという仕事だ。誰かと分かち合うからこそ、楽しいんじゃないか。

こうした本を生み出す際に必要で大切な仕事が昔のような形で言語化されて以降は、なんだか黒子の黒の色の持つ意味合いだけが一人歩きしてしまっている感じがするのだけれど、いまとなってはシェアの効能は、もうすでにいろんな人が知っていることだ。こんなふうにして新語を生み出して、実態に合わせてしっかりと定義し直すことは、とても大事なことだ。

たとえば、日本人と外国人の間に生まれた子は「ハーフ」と呼ばれることがある。昔はこの言い方が主流だったが、ある時からわたしは使わなくなった。それは「ダブル」という語を知ったから。半分ずつという、どこかで欠けた印象を持たせてしまう語を使うのではなく、ふたつある、その豊かな側面を表現するほうが素敵だな、と思ったのだ。選べるなら、その語を発することで誰かの気持ちを軽くするほうを選びたい、とも。

言葉の移り変わりは、時としてあまり好ましくないものと捉えられがちだ。だけど、新しい語が生まれる、そのことをもっと喜んだり、言葉を考えるきっかけにしたり、もっと肯定的に受け止めてもいいんじゃないか、と思うのだ。

もう一つ。
個人的な感覚かもしれないけれど、ライターというと、どこかすり減らしながら働くイメージがあった。だが、本書で上阪さんの披瀝したブックライターという仕事は、近頃特に小数点以下から考えられがちなライター稼業に一つの光をかざしたといっていい。本を作る仕事を、忙しくて人生をすり減らすだけ、といったイメージではなく、魅力的な仕事、誰かの未来を拓く仕事として捉えていくのは、やっぱりその仕事にかかわる人がどうやって楽しむかにかかっている。そんなふうに思った。自分の仕事を楽しむ工夫もしないとなー。

 

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