台湾映画《灣生回家》を観て考える海外移民のこと。

Jpeg

前回の投稿でご紹介したのは青春映画でフィクションの作品だった。今回は、台湾で話題になっているドキュメンタリー映画だ。タイトルを《灣生回家》という。

台湾の歴史を語る際に、かの地を日本が統治していた時代のあったことを避けては語れない。湾生とは、日本統治時代、つまり1895〜1945年に台湾で生まれ、戦後、日本へ引き揚げてその後の人生を生きてきた人たちのことを指す。

 

スポンサーリンク


 

映画では、数人の湾生が、それぞれに育ったふるさと・台湾での当時を語り、現地の今をたどる道のりを追っていく。御歳 80 を越える方々が、70 年以上前に離れた土地を訪ねるのだから、その変わりようは相当なものだったろう。中でも、ある湾生の方がやっとの思いで訪ねた先で旧友の訃報に触れ、たまりかねて泣く姿にぎゅーっと胸が締め付けられた。作品の中では、歴史を嘆き悲しむだけではなく、台湾で暮らした時代を紹介し、その頃を楽しそうに語る今の姿や、日本での暮らしぶり、そして数十年経ってわかった予想外の事実など、さまざまな湾生の今とそのドラマが紹介される。主題歌は文部省唱歌の「ふるさと」だ。♪うさぎおいしかのやま〜♪ のあの曲が、絶妙のタイミングで流れ、胸に迫った。

1880〜1910 年前後まで、爆発的な人口増加に耐えられないと判断した日本政府は、アメリカやブラジル、カナダなどに日本人を送った。国策としての移民だ。その後の過酷な暮らしの様子は、たとえば山崎豊子著『二つの祖国』といった作品で触れることができる。映画の中では、過酷だったことはほとんど語られず、今なお、生きる人たちの姿が描かれている。

余談だが、山崎豊子作品では、同時期の中国帰国者の姿を描いた『大地の子』がある。こちらは中国大陸の話だけれど、同じく戦争で起きた国籍の問題に翻弄された人の物語だ。中国残留孤児(今では中国帰国者という)については、帰国事業などを通じて、まだその存在が知られているかもしれない。

個人的な記憶で恐縮だが、台湾については、日本統治時代に公務員や学校教員として台北などの地に渡ってきた官製移民としての日本人が多いことは知識として知ってはいた。おまけに、以前の会社の上司がいわゆる湾生だった。だから、なんだか知ったような気持ちになっていたのだが、いわゆる開拓移民として台湾の花蓮に渡ってきた人がいることは、本作で初めて知ったことだった。

映画を観終わってから、図書館へ行った。『人の移動事典』(丸善出版)には、1910 年に台湾への移民は本格化し、1940 年には 31 万 2,000 人が台湾に居住していたことが記されている。

植民地下の台湾では、教育も日本語で行われた。海外移民の場合、現地生まれの二世は現地の言語で社会化されていくのに対して、台湾で生まれ育った子どもたちは、フィリピンなどにおける「植民二世」と同様に、日本語、特に標準語で社会化され、現地の人々が用いる土着のことばからも、両親がもっている出身地域のことばからも切り離されて育った。彼ら「湾生」にとって、台湾は「日本」であり、その台湾で生まれ育った彼ら自身は「日本人」であった。(本書より)

映画を観終え、本を読みながら、ふと思った。わたしだって移民じゃないか、と。

国際結婚という、戸籍上の問題が言語化されているけれど、国を越えて暮らす場所を移動したという事実を見ると、国際結婚も実は移民の一つの形態だ。ただ、結婚という点にフォーカスが当たっているから、なんだか違うような気がしていたけれど、湾生の人たちがふるさとに思い焦がれる気持ちは、少しだけわかる気がするのだ。ああ、それにしても遠くへ来てしまった、そんな気持ち。

ところで、本作には同名の書籍が 2014 年に発売されている。映画を観てから本を買った今年 11 月時点で、すでに初版は 8 刷、二版は 6 刷。どんなに少なく見積もっても 10,000 部は越えているだろう。

映画に登場した人たちが台湾アカデミー賞に参加するため台湾に来ていて、同時期に行われたイベントに行ったが、開場のかなり前から行列ができていて、並んでいる人たちは皆、本を手にしていた。書籍では、映画にはないさまざまなエピソードが丁寧に記されている。たとえば、なぜ花蓮だったのか、また当時の写真や、監督自身にまつわる話、そして映画には出てこないけれど、田中實加監督が取材した大勢のうち、23 人の物語が紹介されている。

もう一つ。
日本国内でも、同じような思いを抱える人はあるかもしれない、と思う。たとえば、地方から東京への移住。生まれ育った地から離れ、町の気配もすべて知らない装いになるほどの時間が経過する。その時の郷愁は、日本でも結構な数の人が経験しているんじゃないだろうか。

もちろん時代や背景はまるっきり違う。戦争の悲惨さを生きた人たちの抱えるふるさとへの思いと、自らの選択として別の地を選んだ場合のふるさとへの思い。また、いつでも帰れるという状態と、二度と戻れないと思っていた、その状態と。

違いは多々あるのだけれど、文化を越えた移動は、すべて移民だ、と思考が解きほぐれた瞬間に、湾生の人たちの流した涙は、いつか自分も流すかもしれない涙だ、と思ったのだった。台湾や日本の歴史に興味がある方だけでなく、大きな距離を移動したことのある人に、観てもらえたらと思う作品だった。

公式Facebook https://www.facebook.com/film.wansei/
博客来 http://www.books.com.tw/products/0010688153

 

スポンサーリンク


 

Post Navigation