温又柔著『台湾生まれ日本語育ち』にみる複数の言語を持つ豊かさ。

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2016 年 1 月 16 日は台湾の総統選挙だ。大方の見方では国民党から民進党へと政権交代が行われると予想されている。(今回の総統選挙で著者は投票するのかな)とふと思った。『台湾生まれ日本語育ち』を読み終えたのは、そんな日だ。

本書は、3 歳で日本にやってきた台湾人の著者が日本で暮らしながら、日本語、中国語、台湾語という三つの言語とその言語をもたらした歴史と真摯に向き合い、ともに歩んできた道のりを振り返りながら綴ったエッセイだ。たおやかな日本語で、ややもすると軽やかに読めてしまいそうになるが、そこに至るまでの葛藤が内側に秘められている。たとえばこんなふうに。

--どうしてママは、ふつうのお母さんみたいに、ちゃんと日本語を喋らないんだろう?
たぶん中学生だったと思う。いろいろなことが積み重なって、たまらなくなったわたしは、こらえきれず、思いのたけを母にむかってぶつけたことがあった。そのときのことを今でもよく覚えている。母は、しんと黙り込んだ。そして、
--ごめんね、ママ、ふつうじゃない。
ニホンゴが震えていた。

日本で暮らす国際結婚カップル、もしくは外国籍夫婦の元に生まれた子どもは、家の中と外の言語環境にとても敏感だという。もう 15 年以上前、わたし自身が取材の現場でよく耳にしたのは、日本語ではない言語で話す母(時として父)を見下してしまう子や、親子のコミュニケーションが断絶したケースだった。台湾でも、日本語世代の祖父母と、國語教育を受けた若い世代のコミュニケーションの問題があると聞く。

実のところ、日本で日本語以外の言語を持ちながら暮らすのは、相当にストレスフルだろう。それは想像に難くない。それは、ある「正しさ」をもって裁かれるような日々にも似ているんじゃないだろうか。まして、まだ歯に衣着せぬ子ども世代ならなおさらだ。

しかし著者は、そうした葛藤と思索をたっぷりと経て、いわゆる「正しさ」の壁を突き抜けていた。すくっと自分の足で立ち上がったと思われる思索の痕は、やはり本書で触れるのがいちばんいい。

翻って考えた。台湾に暮らしながら、日本語のベースに中国語と台湾語を積み重ねている自分の日々を。去年から日本語を勉強し始めた大哥は時折、いかにも教科書から飛び出したような日本語をまぜる。反対にわたしは、日本語で返事もすれば、聞きかじりの台湾語で「ホウラ、ホウラ」と返したり、もう少しはっきり言いたい時は中国語で答えたりする。それが最近のわたしたちの会話だ。

本書を読みながら、わが家で起きた摩擦の根が一つほどけた。彼の友人たちとの飲み会では、突如として皆が台湾語だけで話すことがある。そんな場面に出くわすといきなり放り出されたような気分にされるだけでなく、みんなが大笑いしているのに、笑うこともできない自分がひどくみじめに感じられ、泣きながら繰り返し訴えた。どうしてみんな台湾語になるの? みんなはともかく、あなたまで台湾語になっちゃったら、わたしはどうしたらいいの、と。

ずっと悔しいというか不思議だった。明らかに言葉が通じない人がいるとわかって、どうして誰も気にせず台湾語で話すんだろうか、と。

その理由にやっとたどり着いた気がした。食事や飲み会の場は、言語が参加するのではない。わたしが参加するのだ。言葉がわかるかどうかだけで参加不参加だと思い込んでいたなんて、どこかナンセンスだ。その場を共有している、それがすなわち時間を共にするということだろうに。

もう一つ発見だったのは日本語の表記の豊かさだ。著者は、日本語は日本語の書体で、中国語は中国語の書体で記し、台湾語にはカタカナをあてている。それは、著者自身の豊かな言語環境を表す手法として、ぴったり、しっくり来るものだった。

さて、文部科学省の調べでは、公立学校に在籍する日本語指導が必要な外国人児童生徒は 29,198 人、また公立学校に在籍する外国人児童生徒数は 73,289 人、さらに日本語指導が必要な日本国籍の児童生徒は 7,897 人いるという(いずれも平成 26 年調べ)。この数は調査開始からジリジリと増えている。

参考)
「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成 26 年度)」の結果について

もしかしたら著者も、この一人だったかもしれない。彼女が本書で書いたことは、上の数の子どもたちが大なり小なり向き合うことになる話でもある。そうした子に会った時、ぜひ本書を読んでほしいと思うのだ(だから本書は各国語の翻訳を出してほしい)。言語の違いで親子のコミュニケーションを断絶させるなんて悲しい方向に向かわせるのではなく、豊かな言語環境にあるのだ、と大いに自信を持って呵呵大笑してほしい、そう願う。

いくつも言語を持つってことは、豊かなことだ。その豊かさからつむがれる著者の次の作品を楽しみに待ちたい。

台湾生まれ 日本語育ち

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