『台湾映画表彰の現在(いま)』を読んで知る台湾ドキュメンタリーのこと

Jpeg台湾国際ドキュメンタリー映画祭のボランティアに参加してしばらくした頃、ある席で、初対面の日本のドキュメンタリー関係者に言われて驚いた。

「Googleで、台湾、ドキュメンタリー、って入れると、かなり上位にお名前がありましたよ」

えっ、検索上位!? そそそ、そんな恐れ多すぎる……。ただ、裏を返すと、それほどに日本では情報が少ないのだと気づいた。自分自身でも「台湾のドキュメンタリー映画のことが知りたい」と思ったものの、調べてすぐにわかったのは日本語で読める文献はほとんどない現実だった。

そんな中でも、本書『台湾映画表彰の現在(いま)-可視と不可視のあいだ』(あるむ)は、台湾のドキュメンタリーについて日本語でまとまって読める貴重な 1 冊だ。

この論文集『台湾映画表彰の現在(いま)』(あるむ)は、2010 年秋に開催された、関西学院大学でのシンポジウム「台湾ドキュメンタリー映画の現在」、名古屋大学での台湾映画祭+シンポジウム「台湾映画の現在」、および一橋大学での国際シンポジウム「東アジアの越境・ジェンダー・民衆--ドキュメンタリーと映画から見た日台関係の社会史」における公園と報告論文が基になっている。 (あとがきより)

とあることからもわかるように、学術論文をまとめたもの。前半は劇映画、後半は記録映画にわけて、さまざまな角度から台湾映画について論じられた 1 冊だ。一般書ではないだけにやや抽象度が高く、したがって難易度も高いのだけれど、研究者が書いた論文だけではなく、呉乙峰、楊力州といった台湾のドキュメンタリー映画史に欠かせない監督たちが書いた翻訳も載っている。

呉乙峰監督は、台湾ドキュメンタリーの活況を切り開いた 1991 年の作品『月亮的小孩(月の子どもたち)』制作につながる、時代的な背景を次のように述べている。

1987 年、台湾で戒厳令が解除された。それ以前は台湾には「反乱鎮定動員時期臨時条項」というものがあって、人々に言論の自由はなく、1987 年以前のドキュメンタリーというのは、すべて社会教育用か政府のプロパガンダのために作られたものであった。(略)学校でもメディアでも、本物のドキュメンタリーには接触する機会がなく、戒厳令が解除された後でも、台湾のドキュメンタリー映画の制作方式と形式は依然として保守的なものであった。 (本文より引用)

そうして「人の物語を撮りたい」という思いから呉監督が『月亮的小孩』で撮影対象にしたのは、先天的に色素をつくれない疾患「アルビノ」をもって台湾に生きる人たちだった。台湾国際ドキュメンタリー映画祭のプログラムディレクター林木材さんはその著書《景框之外:台灣紀錄片群像》(『フレームの外:台湾ドキュメンタリー映画の人々』)で、本作を観て泣き崩れ、ドキュメンタリー映画にかかわっていくことを決意した、と明かしている。

参考)『月亮的小孩』予告動画(中文字幕)はこちら

こうして取られた『月亮的小孩』をきっかけに、台湾のマイノリティー運動に火がつき、大きな社会運動に広がっていった。また、本書では日本のようにドキュメンタリー作品を放送するテレビ局や公開上映される映画館は非常に少なく、制作者が経済的に厳しい状況にあることなども記されている。こうした社会の動きや様子とドキュメンタリーの関係がきちんと見えてくるのも、研究者も含め台湾のドキュメンタリー関係者が、自身の言葉によって語っていることが大きいように思う。

ただ、残念ながら本書以降、台湾のドキュメンタリー作品に関して、具体的な紹介とともにまとまった形で、日本語によって読めるものがない。別の言語を生きる私たちにとって、情報がないことは、声がなかったものと同義にされがちだ。でもそうではなく、そこにかかわる関係者は大勢いて、いろいろな思いを抱えて映画にかかわっている。

おもしろい作品はたくさんある。そうした人たちの声を、どうにか届けられないか。本書を読んでまたそう思ったのだった。

 

台湾映画表象の現在―可視と不可視のあいだ

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