赤松美和子・若松大佑編『台湾を知るための60章』に見る概説書の大いなる役割。

台湾に留学したのは、40 歳になるその年のことだ。学生時代に果たせなかった海外留学を、どうしても実現しておきたくて、2 年かけて準備を進め、台湾へ渡った。2 年の間に準備した中には、いくつかの事柄がある。

1 つは身辺整理。勤務先で抱えていた仕事が大きめの案件だったこともあり、会社の上司には早い段階で退職希望を伝えた。幸いにも適任の後輩に恵まれ、その 2 年の間で伝えられるすべてを渡した。家族の賛同も得られ、幸運に恵まれた船出となった。

2 つには中国語。海外に留学する人たちが準備として考える筆頭は語学だろう。言葉ができなければ、暮らしにも難儀をする。誰がどう考えても当然のこと。ただ、会社員として働きながらの語学学習は、まず時間を取るところから難しさを抱えていた。可能な限りネットを通じて中国語を聴き、時間をひねり出してはドラマを観ていた。

3 つには現地理解。「台湾に行くなら歴史を勉強しておくといいよ」と友人にアドバイスを受け、日本語で読める本を片っ端から読み漁った。1 冊 1 冊が新鮮で、貴重だった。

留学したのは 5 年前だから、準備期間の時期は 7 年前になる。ちょうど雑誌で台湾特集が組まれ始めた時期にあたり、台湾の本が少しずつ出始めていた。とはいえ、それらのテーマのほとんどは「旅」であって「留学」ではない。そんなこんなで、準備していく中で一番の悩みは、台湾をいろいろな角度から総体的に紹介した本がないことだった。留学してからも、この「よくわからない」という状態は続いていた。知りたくてもよくわからないし、何から調べたらいいのかヒントもない。

だから『台湾を知るための 60 章』が出た時、真っ先に思ったのは(こういう概説書がほしかった!)ということだった。

本書は、60 の章と 14 本のコラムで台湾を解説する。冒頭の概論で、地理、歴史、エスニックグループや言語など、文字通り台湾を概観した上で、政治と経済、社会、文化と芸術、対外関係、人物と、多様な切り口から台湾を深掘りしていく。章末には「合わせて読みたい」として、興味を持った人や深掘りしたい人への読書案内があり、巻末には日本語と中国語の参考文献の紹介がある上、年表、日本における台湾情報の探し方、台湾理解のための文献案内という付録もつく。

たとえば、台湾で日本語を話す人に出会ったら「日本語教育」の項を見るといい。たとえば、テレビや映画を見たら「マスメディアとインターネット」「テレビドラマ」「映画」の項がおすすめだ。台湾グルメが好きなら「飲食文化」の項はぴったりだろう。

そうやって見ていくと、本書の構成が圧倒的ボリュームを持った入門書だとわかる。執筆陣は皆、台湾にかかわる大学研究者など総勢 29 人。日々の研究に裏打ちされた知識が惜しみなく披露され、376 ページというボリューム以上に詰め込まれた各項目は、読む者を圧倒する。

さて、雑誌などの特集から、日本人の台湾に対する興味は広がってきている。旅行コーナーには所狭しと台湾旅行のガイドブックが並び、観光やグルメのスポットをふんだんに紹介する。翻って本書は、それらスポットの紹介はない。だが、台湾への知識の旅の際に欠かせない情報が満載だ。手に取った人が全方位へ踏み出していけるよう、次の一歩を踏み出すようにと心砕かれている。その意味で本書は、台湾理解へのガイドブックともいえる。

ちなみに、私は本書を手にしてから、通しては読んでいるわけではない。ただ、何度も本書を開いてきた。何か疑問をもった事柄に出会うと、まず本書を開く。そして、開いては新しい発見をし、情報を整理してもらい、さらに自分の疑問へとたちもどる。まるで辞書みたいに、どこからでも開くことができ、どこへでも飛び立っていける。

余談だが、表紙にある孔子廟は台南で、裏表紙の写真が台北 101 というのはニクいなあ、と思う。何しろ台湾を遡って現代までカバーしてあるわけだから。

旅行や報道で、台湾へ触れる機会が増えている。そこから 1 歩、また 1 歩と進む人が手にしてほしい 1 冊である。

台湾を知るための60章 (エリア・スタディーズ147)

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