外国人という立場

skyぐっさり刺さっている一言がある。それは奨学金の説明会で聞いた担当者のことばだ。

「いろいろな手続きで大変でしょうけれど、
日本に来ている留学生もやってることですからね。同じです」

煩雑な手続きにイラっとするたびに、ちょっと温家宝似のその人のことばを思い出す。何しろ、あらゆる場面でことごとく外国人という立場を突きつけられる。日本で想像していたよりもはるかに外国人だった。たとえば携帯の契約。すぐにでも契約したいと思い、房東(=家主)たちにヒアリングし、友達に付き添ってもらって、いくつかのショップをめぐったのだが、ランニングコストが安い携帯はどこもムリと断られた。理由は「因為你不是台灣人(=あなたが台湾人じゃないから)」。結局、電話とSMS機能のみのプリペイド携帯を契約するしかなかった。

ことあるごとに身分証の提示が求められるのは、日本も台湾も同じだ。日本ではたいてい免許証や保険証1枚で終わるけれど、ここでは違う。最初は「為了外國人(=外国人だから)」なのかと思ったら、違った。2種類の身分証を提示するのが基本だそう。「外國人」はさらに多い。パスポートはもちろん、移民局で発行される統一番号、奨学金の受給証明書、学生証、挙げ句の果てに日本の運転免許証までも提示した。日本で外国人登録証の不携帯は危ないって話は聞いてたけど、「自分は何者か」を説明するのにいくつもの身分証が必要なのには実に辟易する。ステイ先で「めっちゃ面倒くさい」とボヤいていたら、房東小姐が「最初だけよ。1度で終わるから」と慰めてくれた。

台湾の社会制度は、日本統治時代の日本が元になっている。だからといって、こんなところまで似なくていいじゃん、と思ったのは縦割り行政だ。奨学金は1年くれるそうなんだけれど、わたしのビザは、当初 3 か月しかなかった。…ヘンでしょ? このねじれはどこから来るのかなあと考えてみると、

 奨学金の 1 年支給を決定 → 台湾政府教育部(日本政府文部科学省)
ビザ 3 か月と決定    → 台湾政府外交部(日本政府外務省)
外国人の在留管理    → 台湾政府内政部移民局(日本政府法務省入国管理局)

教育部、最初から外交部に相談しとけよ!と声を大にして言いたい。政府内で処理してくれていれば、留学生個々人が、書類をそろえ、あちこちに出向き、しかも携帯より高い手続き費用なんて、負担しなくて済むのに。個人にやらせるな。公で解決しといてよね。

日本で普通に暮らしていると、制度の存在を感じる機会はそう多くない。けれど、ひとたび制度の狭間に立たされると、その大きさに圧倒される。国の外に出るならなおさらだ。厳然とした制度を前に、個人がその存在を問われ続けるのって相当なストレスになる。ま、わたしなんぞ、ソコソコ年齢重ねているから(そういうこともあるよね)と受け止められるけれど、10 代後半から 20 代前半の多感な時期に、制度のことをよく知らぬまま、存在を問われる状況に囲まれると、簡単に自分を責める方向に歩いてしまうんじゃなかろうか。(なぜ自分がこうなるのだろうか)というふうに。以前担当していた雑誌で、精神科の医師に執筆いただいていた連載があったけれど、制度がもたらす心の揺れって、その頃考えていた以上に多そうだな、と思った。

その後、同じ奨学金生で1年ビザを持って入国した同學(=同級生)がいたことがわかり、台湾の病院で改めて健康診断を受けたり、麻しん風疹の注射をしたり、あちこち歩き回る日々を重ねて、来台後 1 か月以上経って、ようやっと 1 年の居留証をゲットしたのだった。

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