【台湾にある物語】Meander1948

台湾の暮らしや文化を紹介するコーナーを担当するようになって、取材のたびにお話を聞くものの、なかなか記事には含められない、でも、ちょっと話したい、そんなアレコレを「台湾にある物語」として紹介していくことにした。初回は「台湾の「歴史建築」活用 成功の裏側を訪ねて」でご紹介した台北駅近くのホテル「Meander1948(台北漫步1948)」のお話から。

入り口には、ひと目でそれとわかるほど古いそれが置かれている。リノベで周りは白くて新しさをぴかぴか輝かせているのに、その黒くてどっしりとした重量感のそれは、ひときわ目立つ。「それ」とは、旧い、アンティークの金庫である。よく見ると、TOKYO ANO SEI、東京亞野製とある。アレコレ検索したのだけれど、来歴はついぞわからず。オーナーの林さんは言う。

「名前にもあるとおり、ここは1948年に建てられました。もとは士林紙業という製紙会社のビルです。長い間、そのままになっていた建物を譲り受けた時、この金庫もあげると言われたんです」

当初、中身に何が入っているかはわからないままだった。売り主のほうでも開けられる職人を探したが、見つけられなかったのだという。気になった林さんは、職人さんを探し出し、金庫の下を切って開ける、という手段を取ることにした。

「開けたら、大量の金が出てきたんです。建物を引き継いでいたのは三代目で、金庫の存在は知っていても、中身までは知らなかったそうです。僕たちはそのお金が目的だったわけじゃないし、出てきたものは全部、売り主に渡しました」

ちなみに、士林紙業とは、台湾が中国に接収される前まで、つまりは日本統治時代の間「台湾製紙株式会社」として運営されていた。公式サイトを見てみると1919年正式成立とある。戦後、接収されたあと一度名前が変わり、1959年に現在の名前になった。たどっていくと、さらに物語が広がりそうだ。

さて、館内には、台湾のそう遠くない姿を伝えるものがあちこちに残されている。たとえば、レストランの天井から吊り下げられたヒノキの柱。今はランプがかかって、その上下対照のように、一本木づくりのテーブルとともに室内を、落ち着いた姿にしている。

そして窓側には、建物で使用されていたガラス戸や鉄製の窓枠を組み合わせた扉が、ベランダとの間仕切りになっていた。1枚ずつ違ったタイプのデザインガラスで、台湾では使う人が減り、こうしたタイプのガラスはもう、あまり見られない。向こう側からこぼれる光が優しいのは、このガラスのおかげだろう。

客室は、普通のホテル式と、ゲストハウス式と2種類ある。台湾ではトイレと浴室が一緒になった造りが一般的なのだけれど、ここは別。バスマットもあるなんて!と心がほんわかした。4階の共用スペースには、広々とした空間に、ハンモックがあった。そのまま昼寝しちゃいそうな気持ちよさだった。大きな冷蔵庫と複数の洗濯機、IHのクッキングヒーターの置かれたキッチンには、食器や調理器具も備えられている。

正式の営業許可がおりたのは、去年の秋のこと。ホテルともなるといろいろと義務があるそうで、以前はなかったエレベーターもその一つだ。その上、日本と同じように地震のある台湾では、耐震化は必須。そうした対策は「お客さんには見えないところでちゃんとクリアしてます」とオーナーの林さんは力を込めた。

ホテル名には、ゆったりした時間を過ごしてほしい、という思いが込められている。周辺にはこぢんまりとした昔ながらの市場もあったし、行列のできるドーナツ屋さんもあって、ふと気づけば1日過ぎていた、なんて時間の過ごし方ができそうだ。

それだけではない。「ここを交流のプラットフォームにしたい」という林さんたちは、姉妹店の「Meander TAIPEI」で行われているガイドツアーの導入を計画している。1号店は、台湾の原宿みたいな西門町の駅から徒歩7分ほど。繁華街を通り過ぎた場所にある。元はホテルだったという建物は、すっかり改装され、今や人気のホステルだ。

今回、取材に付き合ってくださった広報担当のジェシカさんは、まったく違うジャンルから転職してきた。それもこれも「このホテルの取り組みがとってもおもしろそうだと思ったから」と笑う。確かにここは建物にとどまらない魅力がある。2、3日前、台湾旅行に来るという友人に「おすすめのホテル、ありますか」と聞かれた。これまでは泊まるエリアとかなんとか聞いて勧めるようにしていたのだけれど、今回、迷うことなくここを紹介した。自分が旅するときに泊まりたい、せめてそんな場所を伝えられたら、と思ったから。いつか友人たちが泊まったら、また感想を聞いてみることにしよう。

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