5月23日は、台湾在住ライターの企画案が採用された記念日。

人生には時折、まるで映画「十戒」でモーセが海を割ったシーンみたいに道が拓けることがある。7年前、台湾に来る時もそうだった。台湾で最初の連載が始まった時もそう。今回もまた、それを思わせる場面に遭遇した。

2016年に台湾から参加した「上阪徹のブックライター塾」は、私にとってその修了直後から、台湾での執筆の大きな転機となった場所だ。授業の終わりが縁の切れ目、とは全くもってならずに、ごく最近も、上阪さんや同期の人たちと一緒にオンラインツールを試用して、体験と知見を積み重ねている。ずっと研鑽の場であり続けている。

先日、上阪塾長から「zoomでライターと編集者のマッチングを目指す場「ライターミートアップ」があるから、興味のある方はぜひ申し込みを!」とフェイスブック上で案内があった。主催はスマートニュース社。アナウンスを見ると、何年も前から読んできた壮々たる媒体の名前が並ぶ。

申し込んでみたらすぐに「プレゼン登壇してください」とご指名いただいた。登壇者はなんと上阪塾長や、塾の同期ですでに単著のある田中圭太郎さんも含めて9人。そこで1人あたり持ち時間3分のプレゼン、と来た。

この3年、院の授業でプレゼンは散々やってきたけれど、日本語では久しぶり。とにかく〆切と〆切の合間を縫って急いで骨子をまとめ、その週の納品を全部終えたのがライターミートアップ開催当日5月22日の昼前。それから何度も3分を計って練習し、開始2分前に会場URLへアクセスした。

各登壇者のプレゼンはまたすごかった。パンダ、デスカフェ、パラリンピック、タクシー運転手、稀人、デンマーク、スカウトマン、ブックライター…実にバラエティに富んだ書き手が集められ、それぞれ持ちネタを話す。多様なテーマが飛び交う中で、台湾はどう写るのだろう…なんて考えるまもなく出番はやってきて、心臓バクバクさせながらプレゼンし、編集さんの質問に答えていたら、5分なんて、あっという間に駆け抜けていった。

嵐のような時間を終えたその晩、上阪さんや主催側の担当の方にお礼メールをお送りした。すると上阪さんから「編集者さんにお礼と今日のプレゼンシートを送るといいですよ」と、またも絶妙なアドバイスをいただき、翌朝、参加されていたすべての編集者さんにお送りした。

送信からわずか1時間強、ある媒体の編集さんからお返事が届いた。ラストにはこんな一文が。

「弊社媒体で進めていただけそうでしたら、この先もいろいろとご相談させていただけますと幸いです」

こうして、新たな媒体で取材企画が始まった。目下、資料を調べ、取材申請が終了。あれこれ考えを巡らせている。

ところでコロナ対策やNHKの日台合作ドラマもあって、今、台湾にはある意味、風が吹いている。だけど、その風を単に「台湾はいいよね、チャンチャン」で終わらせたくない。台湾も日本も、それぞれの社会が前を向く一歩へとつなげたい——大袈裟? まあ、そうかもしれないけど、相手の上っ面だけ見ているような関係を終わらせたいんだ、私は。

明日には、ここ最近でいちばん力の入った記事が公開される。改めて思ったけど、やっぱね、現地取材は絶対にサボったらいかんね。それこそが台湾の現地にいる書き手がやらんといかんことだし、それこそが大きな強みだから。

今回のこの企画で生まれたご縁がその先どうなるかなんて、全くわからない。だけど、わからなくても構わない。とにかく自分にできる限り、丁寧に取材し、丁寧に伝える。それだけだ。いじょ、「台湾を書いて伝える」を掲げたフリーランスの独り言でした。今回のご縁に感謝しつつ。

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