台湾結婚事情と南北問題。

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8 月末、大哥と日本で入籍を済ませた。本来なら喜ばしいことなのだけれど、手続きをしながら、なんだかやりきれない、複雑な気持ちでいっぱいだった。国際結婚では、双方での入籍が必要となる。台湾ではもう少し前に終え、諸々準備して日本で手続きを済ませたのだが、まさか国の外交問題が自分の身に降り掛かるとは思いもよらぬことだった。台湾と日本には国交がない。通常、在外公館では戸籍も含めた行政上の実務を行うので、入籍もそこで終わらせられるのだそう。台湾の場合は、台湾での届け出はもちろん「日本に帰国して手続きをしてください」。

さらに、大きな問題は書類上のことだった。外国人との婚姻の場合は、相手の国籍を書く欄がある。その欄にはわたしが書いた「台湾」ではなく、訂正印の上に「中国」と記された。窓口で書き直すように言われて振り返った時の大哥の顔を、わたしは一生忘れられないだろう。この窓口での複雑な思いは、台湾人と結婚した日本人の複数の友人も体験していることだった。しょうがない、と言い聞かせたが、なんだか門出に泥を投げつけられたような気分だった。

国際結婚の複雑さは、また違うところでもあると知ったのは、「台湾結婚事情」という論文を読んでのこと。台湾中部の客家人地域に暮らす台湾人男性と、中国・東南アジアの女性が、仲介業者を通じて出会い、婚姻関係を結ぶ。フィールドワークから見えてくる台湾の結婚事情についてエピソードとともに紹介されている。

読みながら思い出したのは、日本の話だ。日本では80年代、台湾と同様に、仲介業者を通じて日本の農村部に嫁ぐ外国人配偶者がいた。言語の課題を抱えながらも、農家の嫁として家事、子育て、そして介護を担う。いや、担わされる、と言ったほうがいいのかもしれない。先の論文中にこんな一節があった。

台湾人の配偶者となった外国籍配偶者の出身地をみると、夫が台湾人の場合は、妻の出身国は台湾と比較して、経済力の劣る国々である一方、妻が台湾人の場合、夫の出身国の経済力は台湾と同等かそれを上回っていることがみてとれる。このように「南の女性が、北の男性に嫁ぐ」ことを「グローバル・ハイパガミー(global hypergamy)」という。女性は結婚を機に経済的・社会的により上位の集団へ婚入するべきであるという要請がはたらくのは普遍的なことだが、それがグローバルに展開しているのである。

南北問題って結婚にもつながるのねえ、と思っていたら、めいろまさんの記事にこんなことが紹介されていた。

男が家事をやらないと責めまくるだけなのは生産性のない議論

家事をやらないのは、家庭だけに責任があるのではなく、社会全体の仕組みがそうなってるんだよ、という話だ(と理解した)。南北問題というと国家の経済力を表すけれど、家事労働に置き換えれば、欧州も台湾も北に位置する。日本の家事労働の位置づけは遥か南だ。日本の友人たちに、大哥が皿を洗ったり、洗濯したり、夕飯を買って帰ってくると話したら「羨ましい!」といわれたことがある。ただ、それはウチの中でのこと。実家に行くとちょっと違う。

大哥は長男だ。多少、覚悟しなきゃいけないのだろうと思っているのはいわゆる長男のヨメとしての振る舞いだ。実家に行く前、「申し訳ないけれど、みんなが食べた後の皿を洗ってほしい」と頭を下げられた。うまいこと先手を打たれたし、母上の料理がまた素晴らしいので感謝とともに洗えている。

伝統と現代が入り交じったようなことだけれど、結婚制度が旧来の制度である以上、ある程度は仕方ないことだろう。これでわたしがもっと若ければ、もしかしたら徹底的に全面抗戦したかもしれないけれど、結婚や家事を個人や家庭の問題として考えないようにするだけで、少し気持ちが軽くなる。

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