留学スランプと頭の切り替え

mazu
留学前、高打率で言われたのは「1 年なんてあっという間だよ」ということだ。真理だった。2013 年の 8 月 15 日は台湾に到着した日で、2014 年の 8 月 15 日は授業の最終日、その間に 5 冊の教科書を終えた。担当の先生によれば、上級の入り口にまでたどり着いたらしい。ほんまかいなと思いつつ、辞書を開いたらわかる語がぐんと増えていた。

3 学期めはスランプだった。その原因となったのは聞き取りの小テストだ。それまでの先生は、授業で習った語を使って聞き取りの文章を作るから聞けない語はほぼなかった。少なからぬ自信になったし、教室以外でくじかれる気持ちを立て直す時間でもあった。だが、その先生の聞き取りテストは新聞に近い文章で、中には知らない語がジャンジャン入った。問題文を読み上げる段階で新出語の説明をするものだから、どうにも聴く気が削がれた。何しろ 5 行ほどの短い文章に、習っていない語が時に板書いっぱいになるくらい出てくる。

なんのための練習なんだろう、という思いが拭えず、小テストごとにやる気を無くした。ちょうど始めた仕事が猛烈に忙しくなり、結婚が決まって引っ越し、環境がガラリと変わったこともあいまって、宿題さえやらなくなり、教室から離れていく感覚を深めて 3 か月が過ぎた。

だから先学期が終わる頃、ホッとしていた。やっとこの先生と離れられる、と。先生が「次の学期は休む予定です」と言った時、小躍りさえしたい気分だった。それなのに、新学期を迎えてクラス分けの発表でまさかと思っていた彼女が教室にやってきて「教師の数が足りないんですって」と話し始めた時、どれほど絶望的な気分になったか。この泣きたくなるような気持ち、アン・シャーリーならどう表すだろう。

別の時間帯に移るとか方法はあったけれど、生活リズムもクラスメイトも変えるのはリスクが高い。クラスメイトはたった5人だけれど社会人もいて国籍もバラエティに富んでいた。自分が変わるしかないと、腹をくくって新たな 3 か月を過ごした。

しばらくして気づいた。先生の説明は、これまでと違う。日本統治時代のこと、台湾の IT 産業のこと、生活習慣など、前の先生が「わたしは語学の教師だから」と拒否した台湾にまつわるあれこれを、惜しげもなく披露する。台湾事情を知りたいわたしには、とても貴重な機会となった。

惜しむらくは単語が難しすぎるってこと。ある程度は語彙コントロールされているとはいえ、知らない語が頻繁に出てくるから、どうにもわからないことはたびたび。クラスメイトだって、全員が同じ環境で勉強してきたわけではないから、未知の語、未知の文法の応酬。特に毎週の課題である PPT 付きのプレゼン「報告」は、かなりの度合いで(よーわからんなあ)と思いながら聴いていた。

真偽はともかく本人が聞き取れると感じていた練習と、時折まるでわからなくなるのの、どちらがいいかはよくわからない。ただ、いつからか、全部をわからなくてもいい、と思うようになり、そのうちに、聞いてもわからないことはいつでもある、と思うまでになった。

ちょっと話がずれるが、毎週みんなが発表するプレゼンの課題「報告」は、最高だった。課題は毎週1度、前の週に習った課のテーマに沿ってプレゼン資料と発表原稿を作って口頭発表する、というもの。かなりハードだったが、現社の授業のようで好きだった。モンゴルでは狼狩りが趣味って人がいるだの、ロシアでは車で 3 日かけてキャンプに行くだの、聞いているだけでワクワクした。日本では韓国といえばキムチと韓流だけれど、ロシアで韓国といえば「人参サラダなんです」と聞いたときの衝撃。当たり前だけれど、場所が違えばステレオタイプも違うんだよね。ちなみに、韓国から輸入されたヒット商品がきっかけなんだそう。

さて。日本語だけで暮らしていたときは、些細な言い回しにもっとずっとピリピリしていた気がする。台湾で中国語と台湾語の海の波打ち際にいて、やってくる波の大小なんてあんまり関係ない気がしてきた。言葉が 100 %できるかどうかではない。相手に対する感謝や尊重の気持ちがあれば、コミュニケーションはきっとうまくいく。感謝や尊重は興味といってもいい。うまくいかないのは、それが欠落しているときだ。他者の時間を、その人の向こうにある人生を、思いやる力があるか。それだけなんじゃないかと。聴きたいのだけれどわからないということと、はなから聴く気がないのは、まるで違う結果になる。

記録も兼ねて、最終で先生に提出した作文を、中国語だけど載せてみます。タイトルは「わたしの中国語学習と辞書」とでもしようかなあ。あ、内容は、これまでは日本語のある辞書を使ってたんだけど、新しく中中辞典を買った。これから出逢う未知の言葉をどんなふうに説明してくれるか楽しみだ、という感じです。

  上個禮拜我買了老師推薦的一本詞典,就是《國語活用辭典》,因為那本書是以台灣的國語來編寫的所以沒有日文的解釋。對學語言的人來說,之所以照理說詞典是必須的工具,是因為它的幫助非常多,小自旅行時用很實用的字詞,大至用專業的又深刻又豐富的專有名詞等等都是。但自從我來台灣以來用兩種詞典,一是在日本買的,很多學中文的人用的,簡體字的電子辭典,相對的, 二是在台灣買的,繁體字的紙本辭典,兩本都用中文和日文編寫。
已經我有兩本辭典,但是我為什麼買新的一本,有什麼好處呢?其實我有很大的理由。一方面,很簡單,我很喜歡書,所有的書讓讀者大開眼界,讀後給讀者新的世界,另外的一方面,可能是跟我的中文的程度有關的。
一年前我為了學中文來台灣,沒有沒用辭典的日子,那時候我發現了該兩本辭典有問題。第一,前者根本就是在大陸學中文的人做的,除了基本的用法以外,例如文字,例子,其他的用法等等,大部份有大陸的背景。但是我在台灣。我覺得在該辭典中,內容跟真實在的語言情境距離很大,對學習上難免有了解方面的落伍或負擔,我們可以說對學習有點不利。第二,後者就是台灣人和日本人合作的,解釋比前者多多了,很細心,覺得不錯。但是總而言之生詞的數量不夠。
從學語言來看,辭典的最大的功能是讓它幫助學習者理解。隨著該人的世界擴大,而幫助的書也有了變化,是又合理又值得的。雖然我將離開語言中心,但是我的學習繼續。長期來說,那本書對我來說應該幫助得很多,該能讓我看到中文中很豐富的世界。聽說學語言時沒有近路,就是所謂的「千里之行,始於足下」。我會一步一步努力,打算用那本辭典。一年後,三年後,五年後,我很期待那本讓我看到的世界。

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