日本語字幕の校正のピンチヒッターをやって気づいたこと。

150731

普段、電話ではほとんどやり取りしない友人から、ある夜、電話がかかってきた。何かあったのかなあと出てみたところ、友人が開口一番こう言った。

「字幕の最終チェック、お願いできないかな?」

聞けば、数日のうちに納品しなきゃいけない作品なのだが、字幕の最終チェックはまだ終わっていない。作品の時間はおよそ 90 分。友人は翌日から出張で台湾を離れるため、最後まで見られない。で、ピンチヒッターのご指名なのだった。

 

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字幕のチェックは、以前いた翻訳会社でドラマを数本見たことがあるだけ。緊急事態だし、校正という意味では同じジャンル、何よりおもしろそう!ということで、またもやスリリングな依頼を(ままよ!)で引き受けることにした(前回のままよ!はコチラ)。すぐに原稿を送ってもらい、中身をチェックし、修正が必要と思われる個所をピックアップして友人に確認し、翌日の昼過ぎ、現場に向かった。結局、作業はその日で終わらず、別日に最終チェックを行って終了。

やってみてわかったのは、同じ校正でも、紙と映像では大きく違う点がある、ということ。

一つは当然だがメディアの違い。紙媒体の文字校正にも細かなルールがあるように、映像字幕にも基本的なルールはあるのだろうけれど、ぶっちゃけ、これまで習ったことはない。同じ 1 行の中に別の人の発言はなるべく入れないこと、句読点は打たないことなどなど、改めて現場で目の前にして(うわあ、そうか!)と目からウロコだった。

もう一つはかなり言い尽くされていることだが、時間との戦い。想像以上だった。ドキュメンタリー作品ということもあって、相手の音声はコントロールされない生のもの。限られた数秒のうちに表したい文字数との兼ね合いは相当で、スタッフは登場人物が自由に発した声と字幕の調整に苦労していた。

友人から言い渡された今回の最大のミッションは、日本語字幕が表示されている間に読み切れるか、である。始めてみて気づいたのは「読み切る」の意味だ。単に文字を追えればよい、というわけではない。字幕が現れたその一瞬で理解できないと読めたといえない。おまけに、先行して原稿に目を通していたのに、映像と照らし合わせると、それまで削がれていた情報が現れてくるため、原稿を読んだときの印象や内容の理解度が大きく変わる。映し出される映像と字幕、聞こえてくる音、前後の文脈、その全部を兼ね合わせて、きちんと理解できるか。ここまで含んで「読み切れるか」だったのだ。……わかるって難しい。

字幕のお仕事にかかわる方にとってみれば、何をいまさら、のことだろう。だが、普段、紙や WEB といった別の媒体を扱う者にとってみれば、こういうことが新鮮だったのだ。もちろん、自分の経験が反映できる部分は全力投入したので、どうかご容赦いただきたい。

それにしても、作業のラストに通しで観て、翻訳の素晴らしさはもちろん、監督の思いがずしんと伝わってきたときには、なんだかホッとした。おまけに、エンドロールの最後に名前まで入れてくださっていてうれしいやら気恥ずかしいやら。残念ながら今のところ劇場公演の予定はないそうなのだけれど、実にいい作品だったし、貴重な機会をいただけて感謝ひとしおである。

普段、字幕には相当にお世話になっているくせに、いつも内容に気を取られ、ルールにまで気持ちが及んでいなかったことを大いに反省。作業しながら(もっとちゃんと観よう)と心に誓った。いやはや、校正ワールド、実に奥が深い。

 

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