開設 1 年を迎えて、改めて「書く」ということについて考える。

151012

台湾は 10 月 9 日から 11 日まで国慶節で三連休、日本は 10 月 10 日から 12 日まで体育の日で三連休。この 1 日のズレは結局、ぜーんぶ前倒しに、ということになり、そうでなくても大物を抱えていた 10 月前半は目の回るような毎日だった。大物を提出し、たまっていた作業をこなし、やっと落ち着いたので、連休はできるだけ頭を空っぽにして過ごした。

連休を終えて思い出したが、実は 10 月 8 日はこのサイトの開設 1 周年だということ。そんなわけで、これまでを振り返ることにした。

掲載記事  : 154 本
最高 PV@1 日 : 1,670PV(2015 年 2 月 9 日)
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上位を見てもわかるとおり、ドラマに旅行に奨学金、そして披露宴と、脈絡がはっきりしない。記事の大半は、留学時代も含めて台湾で暮らしながら体験したこと、気づいたこと、仕事の話などが主で、なんというか「これ!」というスッキリ明確な軸がないのだ。書くネタはあるけど、場所がないから自分で作ろうという程度で始めたら、単なる身辺雑記と化していた。

ところが。

先日、サイトをご覧になった方から、過去記事へのメッセージを頂戴した(経緯はこちら)。その方からさらにこんなメッセージをいただいた。

中国語がまだ話せず、これから頑張っていこうと
していた私にとっては本当にこのページに出会えて
よかったと感じています。
田中さんのページは本当に”人の役に立つ”ページでは
ないかと思います。

きっと私のような人はたくさんいると思います。
中国語はまだわからず、奨学金の存在自体は知っていても
自分とは遠いものだと感じる人はたくさんいると思います。
きっと田中さんの記事で私のように何か考えが変わる人は
いると思います。

ズドンと撃ち抜かれたような気がした。

確かに奨学金のことを書いたときは、台湾に来たいと思う人に見逃して欲しくない、と思いながら書いていた。台湾ドラマを紹介したときは、学習効率優先の教材で中国語への興味を失うのではなく中国語っておもしろいな、と思ってもらえるといいな、と思いながら書いていた。台湾旅行のアレコレについては、うちの披露宴ついでに台湾旅行を計画している友人たちに、せっかくだから楽しんでほしいという気持ちだった。

どの記事も、それぞれに書いた意図があった。でも、そうやって書いたことが、誰かの勇気や行動につながるほどに変化していたことに驚いたのだった。

こんなに書いていて今さらかもしれないのだけれど、何せ、万人に通じるテーマでもなく、台湾に来て 2 年ぽっちの日常の断片で、個人的な体験に過ぎぬこと、と思っていた。

ただ、そういえばこれまでにも、「語学的な切り口がおもしろい」「紹介してたドラマ観てるよ」「あのおすすめになってた辞書、買おうと思う」「お土産にどうかって紹介してたノート、買うつもり」「披露宴ってあんな感じなんだね」「中正記念堂、子ども連れて行ってきたー」などと、いろんな方からいろんなふうにコメントいただいたのを思い出した。

なんだか、書いていいのだ、とぐっと背中を押された気分だった。

実は書く側としては、この身辺雑記的な書き方でいいのかどうか、ずっと迷いがあった。はっきりとしたテーマを決めなくちゃいけないんじゃないかとか、台湾で書く意味をもっと考えなきゃいけないんじゃないかとか、アレコレ考えていたのだけれど、テーマを絞って書いている人はほかにもたくさんいるし、それもまた、読む人もいろいろいるわけだし、このままで行こう、と思えたのだった。

もう一つ。

こうやって書くという行為は、世の中をどう見ているかについての表現でもある。目の前の世界を言葉に落としていく作業とでもいうか。台湾のことも、日本のことも、自分のことも、自分の周りのことも、アレコレと書きながら、自分の立ち位置や存在を確認しているような感覚がある。わたしの目の前には、台湾だけが広がっているわけではないからだ。どこかで誰かを思いながら書きつつも、誰かのために書いているというよりも、自分のために書いている意識が強くなることがある。だから、そうやって背中を押されて、驚きながらも、身が引き締まる思いがしていた。

世の中には、見えていないことや自分の知らない世界はたくさんある。わたしの見ていることなんて、たかが知れている。でも、わたしに見えているこの世界は、もしかしたらほかの人はまだ見たことのない世界かもしれない。だからひとまず書いておこう。

巡り巡って、そう思えたのだった。

いただいたメッセージをセレンディピティとして受け取り、同じ形ではないだろうけれど、また別の人に渡していければよいなあと思う。そんなわけで、引き続き身辺雑記のようなものを書いて参ります。よろしければ、ご贔屓にどうぞ。

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