ある台湾人が街頭で配布されているチラシを受け取る理由。

ID:84milw151013

街頭で配られているティッシュは受け取るけれど、チラシは受け取らない。

これは、わたしが日本で暮らしていた時に決めていた一つの習慣だった。街頭でのティッシュやチラシを配る行為がいつ頃から始まったのか忘れてしまったけれど、長年、街頭でいろいろなものを渡されて、結局、ゴミ箱に直行させていた。そのうちに、どうにも受け取る意味を見い出せず、また要らないとわかっているものを受け取って、それをゴミ箱に直行させる行為自体を、とても負担に感じていた。だから、(もう受け取らない!)と決意していたし、それは台湾に来てから街頭で見かけるチラシやらティッシュやら目の前に出されても、頑なに断っていた。

ところが。

うちの大哥は、わたしとは正反対の受け取る派。しかも、むしろ進んで受け取りにいく。

彼の場合は、いったん受け取って、街中に設置されている公共のゴミ箱を見つけ、そこへ捨てる。ゴミ箱が見つからなければ、家に持ち帰って捨てる。そうでなくても、レシートやらDMやらをぽいぽい置いたままにしておくのに、うちの中にゴミ増えるだけじゃーん、などと思いながらある時、聞いてみた。

「要らないのにどうして受け取るの? 最初から受け取らなければいいのに」
「ああ。だってさ、あの人は配り終わったら家に帰れるけど、終わるまで帰れないんだよ。誰かが受け取ればあの人は早く家に帰れるわけだよね。それに、時間内に配れなかったらあの人は仕事がなくなるかもしれない。仕事がなくなったら、あの人の生活は? 生活ができなくなって、犯罪に走ったら、もっと大変なことになるよね。だったら、最初から受け取ったほうがいいと思うんだ。必要なければ捨てればいい。その後のことを考えたら受け取るのなんて、大した手間じゃないと思うよ」

ハッとした。

そんな考え方があるんだ、ってことに。そして、見ている範囲の、その圧倒的な差に。わたしは自分のめんどくささだけを考えていたのだけれど、彼の視野は社会全体や、その後の影響に及んでいた。

考えてみればごく当然のことなのだけれど、彼に限らず、別の誰かと一緒にいると、それだけで違う価値観があることに気づく。ズレを調整するのは、時折めんどくさくもあるのだけれど、こうやってハッとさせられ、学ぶこともできる。

わたしの許容量が狭すぎて、その彼の習慣を毎回、実行できるところまでは至っていないのだけれど、そういう考え方を知ることができて、なんだか豊かな気持ちになった。それにしてもまあ、人生是日々修行、結婚もしてみるもんである。

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