話題の台湾ドラマ《花甲男孩轉大人》がめっちゃオモシロい件。

こんなに私の周囲で話題になった台湾ドラマがあったかなあ、と思うほど、放送開始以来、人気の出ている台湾ドラマがある。

コチラは予告動画↓

《花甲男孩轉大人》は、主人公・花甲の祖母の危篤から葬送までの間に起きる、実にさまざまな出来事を経験して成長していくストーリーだ。

2017 年 5 月に放送が開始されると、瞬く間に視聴率があがり、8 月末に早くも再放送が始まった。たとえば《我可能不會愛妳》の最終回視聴率が 5.51 だったのに対し、《花甲男孩轉大人》は 4.16 とわずかに及ばないものの、決して低くないことは伝わるだろう。最近は、俳優陣がトーク番組で引っ張りだこだ。

本作監督の 1 人は、日本で「イタズラな恋愛白書」として放送された《我可能不會愛妳》の監督でもある瞿友寧(チュウ・ヨウニン)氏だ。もっといえば「イタズラなKiss」(原題:惡作劇之吻)、「バラのために」(原題:薔薇之戀)の監督でもある。原作からドラマ化する手腕にかけては大きな実績もあり、重めのテーマながらもヒューマンコメディとして楽しめた。

脚本の元になったのは、台南生まれの作家・楊富閔が書いた短編小説集《花甲男孩》だ。書籍の巻頭には、台湾文学の大御所・白先勇が推薦文を寄せる折り紙つきだ。書籍には 9 本の短編が入っていて、台南という土地柄の強い香りがにおうようだ。監督によれば、そのうちの 3 本を原作としてドラマの脚本にまとめたという。

舞台になっているのは、台湾の古都、伝統的な風習の色濃く残る台南だ。三合院と呼ばれる伝統的なレンガ造りの民家で、登場人物たちが繰り広げる丁々発止のやり取りは、シリアスなんだけれどどこかコミカルで、ぐいぐい引き込まれていく。

葬送といえば、思い出すのは台湾映画『百日告別』と『父の初七日』(原題:父後七日)。この 2 本がどちらかというと主人公個人の内面に焦点が当てられているのに対し、本作では登場する家族一人一人のそれぞれの人生に光があたる点が大きく異なる。

見えてくるのは、人間の、なんともいえない弱さだ。家族を見送るその瀬戸際で次々と、一人一人の弱さが露わになる。離婚、子どもの死、デキ婚、優等生を押し付ける親とそれに応えようとする子の葛藤、嫉妬、家庭内暴力、伴侶の病と死、事業の失敗、進学就職、結婚適齢期を過ぎた独身へのプレッシャー……最後の最後の、ギリギリのところで人間性が問われるのはシンドイのだが、それだけにドラマの味をさらに深めている。なんだろうなあ、目の前で起こる現実から目を背けたくなる登場人物たちの姿に、誰もが自分を重ねて引き込まれるのかも。

台湾の人気アーティスト、クラウド・ルー(盧廣仲)の若干軟弱な男子というキャラもいい。ドラマ初主演らしいが、いやいや俳優だったでしょ、と思うほど、主人公・花甲をきっちり演じている。彼の歌う主題歌《魚仔》は、台湾語でいう小魚のこと。魚が水の中を漂う様を歌にのせ、その伸びやかな声がドラマの空気感に寄り添うようだ。

こちらは主題歌↓

台湾の現代ドラマというと、主人公の親世代が時折出てきて台湾語を使う程度で、ドラマのメインに台湾語が使われることは少なかったように思う。描かれるのが恋愛模様で、人間模様ではなかったからかもしれない。もちろん今までも、ヒューマンドラマがなかったわけではない。だが、その種のドラマは、高い年齢層をターゲットにした勧善懲悪の脚本で、日本でいうなら時代劇のようなポジションだったと聞く。

今から思えば、中国語で話す姿はある種の〝よそゆき〟だったのかもしれない。何より、このドラマで皆が中国語と台湾語を自在に繰り出す様子は、普段着そのもので、ちっともカッコつけたところがない。ケンカしてるシーンでは、中国語の字幕にさえなっていない語があるという。でも、それこそが観たかった姿だよなあ、とも思うのだ。で、なんていうか、だからカッコいいんだ、と思う。台湾の人に対する暖かさは、こういうところから来るのだ、とも思うから。

ところで、その人間の弱さ脆さだらけのドラマが、どんなラストを迎えるのか。これがまた(そう来るか!)と膝を打った。弱さはちゃんと乗り越えられる、人は成長するものだ、そんな勇気の持てるお話だった。観てよかった。

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