酒井充子著『台湾人生』(文庫版)を読む

台湾には「文庫」という本の形がないと知ったのは、留学した 5 年近く前のことだ。分厚くて重量感のある書籍が好まれる台湾では、本に軽さは求められない。日本ではすでにシンプルライフやミニマリストといった風潮が始まっていた当時、それはちょっとした衝撃だった。2018 年 2 月に行われた台北国際ブックフェア会場で文庫サイズの本を数冊見かけた。各社が揃って出す日本とは、違う文化があった。

2010 年に文藝春秋から刊行された『台湾人生』が、時を経て 2018 年 1 月 20 日、光文社知恵の森文庫の 1 冊となった。光文社の文庫化決定に台湾に暮らす 1 人としてお礼申し上げたい。

台湾人生 かつて日本人だった人たちを訪ねて (光文社知恵の森文庫)

改めて読み直した。登場する人たちの語りから伝わってくる、日本が台湾を統治した事実、それが 50 年という長きに渡ったという罪の重さは、文庫になっても深いままだった。

著者の酒井充子さんが、本書執筆の、そして後に続く映画制作にまで至った原動力は、教わらなかった日本の現代史に端を発している、と感じた。映画の舞台となった場所を歩いてみたいと旅行で寄った九份で待っていたのは、忘れ得ぬ出会いだった。

 バス停近くの家からおじいさんが出てきて、まっすぐわたしのほうに向かってくる。「日本からですか?」と流暢な日本語で話しかけられた。(略)帰国後、九份のおじいさんのことが頭から離れなかった。台湾には日本語を話すお年寄りがたくさんいる、ということは聞いていたが、実際に会話したのはそのときが初めてだった。(略)漠然とした疑問が浮かんだ。台湾の日本語世代に出会ったばかりのころのわたしは、こんな基本的なことを疑問に思うほど、台湾のことを知らなかった。(本書より)

サブタイトルには「かつて日本人だった人たちを訪ねて」とある。登場する人たちは、統治時代に日本式の教育を受け、わたし世代では思いつかない心地よさで柔らかに響く日本語で、自らの体験を、人生を、語る。語られる話は時代と国家と戦争に翻弄された体験ばかりだ。

 日本は台湾を植民地にして、50年も教育して、50年も税金取って、50年も戦争に参加させて死なせてなんで責任がないの? われわれに将来を選択する投票もさせないで、勝手に自分が逃げて帰って、あとは知らない。(略)日本も戦後は大変だったよ。大変でも日本人は殺されなかったでしょ。われわれは殺されたのよ。日本はそういう責任を果たしてない。若い人はわからない。だからその恨み、苦しみをわれわれはいま、一生懸命吐き出してるの。それをみなさんにわかってもらいたいの。(本書 55 ページより)

ページをめくる手はたびたび止まる。そして、教わらなかった日本の現代史への疑問--憤りと言い換えてもいいかもしれない--を抱く。

ちょうど読み進めていた 2 月 6 日、台湾東部花連で震度 7 級の地震が発生した。すぐに日本からの義援金や支援の様子が伝わってきた。東日本大震災で台湾が送った募金に対して「今こそ台湾にお礼を」という思いが起こるのは、とてもよく理解できる。一方で、義援金で終わってほしくない、とも思う。

今回、地震の発生した花蓮は観光地という側面だけでなく、日本と深い関係をもつ港でもある。台湾と日本の関係は、何も東日本大震災の支援に始まったわけではない。あの莫大な義援金につながった背景には、日本と台湾の歴史が横たわっている。著者は言う。

わたしは、出会った人たちの言葉に驚き、怒り、嘆き、喜び、その気持ちを原動力として取材を続けた。一人ひとりの話を聞いていくうちに、個々の体験、経験が積み重なって時代が作られ、歴史が紡がれていくのだということを強く感じた。台湾が日本統治を受けていたことは、彼らにとって決して過去のことではなく、いまもなお続いているし、彼らが生きた時代の延長線上にわたしたちは生きている。彼らは温かくかつ厳しい視線を今の日本に送り続けている。(本書あとがきより)

本書に記されたお年寄りたちの声は、酒井さんによって『台湾人生』という同じタイトルの映画になった。その後、足かけ 20 年で『台湾アイデンティー』『台湾萬歳』と、3 本の作品が生まれた。いや、残された、というべきだろうか。恥ずかしながらも告白すると、最初に読んだ時はお年寄りたちの言葉がうまく呑み込めていなかったように思う。5 年経って、前より幾分かはお年寄りに近づけた気がする。

著者の言うように個人の体験が時代や歴史につながるのだとすると、本書や 3 本の映画を通じて、考え、行動していくことが、次の時代や歴史につながるはずだ。お年寄りたちの言葉を受け取った 1 人として、本書のことを知った誰かが、お年寄りたちの思いを受け取ってくださるよう願いつつ。

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