今さらですが、執筆テーマを決めました。

ライターとしての最初のお仕事をいただいたのは、2013年のこと。当時は台湾に来たばかりで、右も左もわからない状態だったのに「田中さんが書くとおもしろそうだから」という(私には)よくわからない理由で始まった。すでに知人だった、という前提があるものの、縁とは妙なものだと今でも思う。

あれから 5 年が過ぎ、少しずつ台湾に関する文章を書く場をいただくようになった。ただ、この春から大学院に通っていることもあって、新規かつ急ぎのお仕事はなかなかお引き受けできていないのだけれど、なんとかかんとか調整という名の綱渡りをしながら書きつづけている。

さて、このライター仕事。ずっと自分が伝えようとしていることことが一体なんなのか、すっきりと言葉にできていないなあ、と思っていた。特にそういう思いが強くなったのは「Yahoo!ニュース個人」でコラムをもたせてもらってからだった。

そもそも「ニュースってなんだ?」である。

台湾の話題が、日本のニュースに載るようになったのは最近だ。ただ、それも政治経済を外すと、地震や台風など自然災害のものという印象が強い。Yahoo!ニュース個人の編集さんとの打ち合わせでは私は「政治経済は扱わない」ということで、タイトルが「台湾暮らしの見聞記。」と生活や文化に焦点をあてているのはそのためだ。

だからこそ、生活や文化に焦点をあてた「ニュースってなんだ?」である。

台湾をテーマにしているライターさんは何人もいる。政治経済あるいは歴史を得意にする方もあれば、ガイドブックで活躍する方もある。また大手新聞社各社の支局が台北にあり、いわゆる「ニュース」はしっかり配信されている。その方たちのもとには各機関からニュースリリースが届き、取材に出かけていく。

ただ、私にそんなリソースはない。あるのは、これまでの生活体験と知り合った人たち。ならば、私の書こうとしているもの、そして書けるものはなんなんだろう、この問いはとりわけこの 1 年、ずっと考えてきたことだった。

答えは、ひょんな所で見えてきた。

この春から大学院に通っていることはすでに書いた。ある日の授業で、資料が配布された。渡されたのは、1989年に出された『近代日本の生活と社会』という本の抜粋だった。いささか長い気もするけれど、自分への記録として以下、残しておこう。

——日本の家屋は、最近でこそ少なくなったが、玄関とは別に、勝手口と称する台所への入口を建物の裏や横につけていた。勝手口は、玄関が表口なのにたいして裏口と称されたが、日常生活を営む場である台所への入口として、生活に密着した出入口であった。いわば家の内実・内緒の世界は台所に集中して表れただけに、勝手口のつきあいには生活の本音が出ていた。(略)いわば勝手口ににじみ出ている生活と気風から家のありかたを考えようとする眼は、歴史を国家や民族の功業としてのみ書くのではなく、個別的なる日常生活の営みから人間の歩みをとらえようとする視座にほかならない。この視座は、歴史を国家や民族という俯瞰的な視点から概観するのではなく、大地に根づいた生活のありかたのなかに、地域的な相貌をおびた個別的な歴史を問い直す場をもたらしてくれよう。まさに近代日本の生活と社会を問う上で心すべきは、個別的なる日常生活の諸相、生活をささえた意識と行動を時代人心に位置づけ、かかる勝手口の眼にこだわるなかで考察しつづけることである。(大濱徹也、熊倉功夫著『近代日本の生活と社会』)

カミナリが走る、って本当にあるんだと思うほどに、衝撃的だった。この数行を読むうちに、この 1 年悩みつづけてきた問いは、氷解していった。

これまで台湾を伝える内容としては、圧倒的に歴史政治経済、あるいは観光旅行といったジャンルが中心だった。上の話になぞらえていえば、これらはすべて玄関にあたる。だが、私がお題として与えられていて、なおかつ自分でも書いていきたいと思っているのは、まさに勝手口の話だ、と気づかされたのである。

この電撃的な氷解を受けて、Yahoo!ニュース個人の編集さんにメールを送った。ずっと「ニュースってなんだろう」と悩みつづけていたことを告白し、勇気を出して「これから私が書くのは勝手口から見た話」ってことでいいでしょうかと訊ねてみると、「おっしゃるとおりです」と太鼓判をもらった。そして。

「まさに台湾に住んで生活して、いろいろ話を聞いているのが、田中さんの強みであり、専門性だと思います」

泣きそうになった。そんなわけで、ここで自分のテーマをこんなふうに決めることにした。

「勝手口から見える台湾」

今後は、このテーマを掲げて書いていきたいと思います。どうぞよろしく、お見知りおきを。ちなみに冒頭の写真は、この夏、初めて訪ねた蘭嶼の気象台。

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