「たいわんの本屋」のその後。——コラムは閉じれど続く旅。

ポプラ社Web*astaさんのコラム「たいわんの本屋」、このたびコラムそのものを終えることにしました。連載開始から応援してくださっていた方々、本当にありがとうございました。お礼とともに、場外での最終回をお届けします。

コラム、その始まりと終わり。

「ところで田中さん、「台湾の本屋」で、ウェブ連載をしませんか?」

こんなメールをいただいたのは 2016 年 4 月。およそ 1 年半ほどかけ、カメラマンの五味稚子さんとふたり、台湾のあちこちに出かけて本屋さんのお話を伺い、合計 15 軒のお店を紹介してきました。

取り上げたお店は、台湾では独立書店と呼ばれる個人書店です。台湾の誰もが知るような大手や老舗のチェーン店も選択肢としてはあったものの、台湾の書店でとりわけ魅力的だと思ったのは、個人書店でした。

すでに行ったことのあるお店も含め、連載のお話をいただいてからリサーチを重ね、基本的には「オリジナルのアイデアや工夫、魅力のあるお店」という軸で厳選していきました。そして、本屋のビジネスモデルとして多様な取り組みを目の当たりにしてきました。

「台湾の」と名乗る以上、いろいろな地域を訪ねる、これもお店選びの軸の一つでした。大都市だけでなく、地方で本の文化をつくる人たちにも会ってみたかったのです。高雄、台東、鹿港など、エイヤッと気合いを入れて向かい、取材を終える頃にはきまって帰るのが惜しくなっていました。

ただただ、シンプルに台湾の本屋の世界を楽しんでほしい——そんなわけで、どうしても、という場合を除いては、巷にいわれる出版業界の話は触れませんでした。その種の話は、このコラムでなくていいよな、と思っていたからです。

そうやって、まるで宝探しみたいにしてお店を見つけ、そして実際に訪ねていく、その過程すべてを楽しませていただきました。

しかし、続けること 1 年。これ以上続けると、自分で決めた軸をずらしたり超えたりしなければならなくなる、それは嘘をつくことと同義ではないか——そんな気持ちが生まれてどうにも消せなくなった時に、担当の編集さんに自ら終了を申し出ていました。

おかげ様で、いろんな本の出会いをつくる人たちにお目にかかり、世界中にたったひとつしかない豊かな空間を訪ねました。この企画を誰より私自身が楽しんでいました。近所にこんな場所があれば毎日行く!と思うほど、素敵な空間ばかりでした。

連載を終えてしばらく。1 冊にまとめたいと思いつつ、そんなお話もありつつ、それでも決定打はないままでした。すると、変化は、向こうからやってきました。

最初の、大きな変化〜旅人書房のこと

日本統治時代、この一帶は総督府の官舎だったという台北市青田街。通りの中ほどにある、少し古びた建物の 2 階にあった旅人書房は、とにかく時間を忘れられる空間でした。窓際の壁に取り付けられた細長い木のテーブル、床のタイル。長い長い時間を経過したものだけが見せる姿が、そんな感覚を生み出していたのかもしれません。

「旅のイメージを広げる本屋」としてコラムで紹介したあとも、ふらりと店を訪ねては素敵な窓際でお茶をいただき、本を買って帰る、を繰り返していました。閉店すると知ったのは、そろそろ夏のやってくる頃です。ほどなく、最終日に閉店パーティーが開かれました。家族で行こうと言っていた沖縄のガイドブックが、ここでの最後の買い物になりました。「これからどうするかは決めてないんです。ゆっくり考えようと思って」という張瑟倫(ヂャン・スールン)さんの顔は、すでに吹っ切れたようでした。

あの窓際に座れないのは寂しいと思う反面、彼女が気持ちよく次の一歩を踏み出せるといいなあと思っていた半年後、次の変化がやってきました。

ふたつめの変化〜偵探書屋のこと

とある方から、偵探書屋の長い長いメッセージが書かれたURLへのリンクを送っていただいたときには、すでに師走に入っていました。リンク先には、一見淡々と、でも覚悟を決めた、そんな気持ちの伝わってくる文章がありました。

「世界中のミステリーと出会う本屋」として紹介した偵探書屋店主の譚端(タン・ドゥアン)さんは、昔、新聞記者でした。本屋取材では、推理小説という切り口から、台湾史だけでなく世界史にぐーんと広がる内容にもかかわらず、できるだけわかりやすいようにと、言葉を丁寧に選んでくださりながら話す方でした。閉店に到るまでの経緯が克明に記された文章を読みながら、あの日の取材を思い出していました。そのなかに「ネット上の書店をやる」という一文がありました。どういう意味だろう、と閉店直前のお店を訪ねました。

「ぼくの妻は中国大陸出身で、中国の少数民族の歌も含めて歌えるんですよ。それで、今後は自分たちで場所を探して、物語を紹介しながら歌を歌うようなイベントをやろうと話しているんです。ただ、探偵ものだとネタバレになっちゃうから、核心には触れられないんだけれど。今後は、ほかにも文学やアートなど含めた本を紹介していきたいと思ってます。Facebook と LINE のアカウントで、引き続き告知していくから、また見てみてよ」

すでにいろんな可能性を模索していることが伝わってきました。そうやってお話を伺っていたこの日、次から次へとお客さんがやってきました。譚端さんはちょっと寂しそうに笑ってこう言いました。

「おかしなもんだよね。告別式みたいだなあと思って。これまで営業してきて、閉店を決めてからのこの1か月が一番、売り上げがいいんだから」

その気持ち、担当していた雑誌の休刊を見たことのある身として、少しだけわかる気がしました。

変わりゆく本屋。訪れる変化。

ふたつのお店の閉店は、大切にしてきた居場所が失われるような、複雑な気持ちが起きなかったわけではありません。ただ、本屋さんたちにやってきた変化には、また別の形もありました。

「台湾版〝大宅壮一文庫〟がめざすもの」として紹介した boven 雜誌圖書館の店舗は、地下 1 階にあります。気がついたときには、地上 1 階にカフェがオープンしていました。1 枚の写真に導かれるようにして足を向けました。写真にあったのは、バターのとろけたトーストです。もともと台湾のパンは、日本のものに比べると甘味が強い傾向にあります。個人的にそれがちょっとなあ、と思っていたのですが、ここで出されたトーストは、中はもちもち、耳はパリパリの、すごく好きな味でした。シンプルだけど洗練された店内は、落ち着いてものを考えるのによい空間に仕上がっていました。

「理想のライフスタイルに挑戦する本屋」として紹介した晴耕雨讀小書院では、移転に向けた準備が進んでいました。元はカラオケ店だった空間を借り受けて、ご店主夫婦がコツコツと手作りしてきたお店は、家主の都合で移転を余儀なくされ、旦那さんのご実家に新たな店舗を設けることになったそう。しかも、旦那さんの DIY で! フェイスブックには「いつ終わるのか私もわからん」というタグとともに工事の様子を撮った 1 枚が載っていました。なんだかぴったりの選択だなあと思いながら見かけた写真の奥には田んぼが見えていました。カメラマンの五味さんとまた遊びに行こう、と話しているところです。

コラムで紹介したお店だけではありません。取材が終わりの頃にできて残念ながら取り上げられなかったお店もあれば、取材を申し込んで断られた本屋さんがいつの間にかゲストハウスになっていた、なんてこともありました。コラム執筆に声をかけてくださり、伴走してくださった編集さんも、部署異動で活躍の場を変えていました。考えてみれば、企画スタートから 2 年半が経つのです。私自身もまた、大学院に通い始め、新しい一歩を踏み出しました。

コラムのあとも続くもの。

掲載時には、お店の住所や営業時間も一緒に紹介していました。単なる異国の空間というには、台湾との距離は近く、訪ねる人がないとも限りません。万が一のその時に「あれ??」と残念な気持ちにさせるのは申し訳ない。かといって、変わるたびに記事に追加していくのは、その過程をすっぽりと伝えないようでこれまた申し訳ない。

かくして——コラムという場の店じまいをすることにしました。あわてて付け加えますが、それはコラムの終わりに過ぎません。私の本屋の旅は、ちっとも終わらせるつもりなんてなく。何しろ、世界の扉を開くのが本なら、この地に生きる私にとって、たいわんの本屋はその世界に向かう最初の一歩でもありますからして。

また、台湾の個性的な本屋を紹介する、そんな記事や企画もいろいろなところで生まれてきています。そんな話を耳にするたび、新しく台湾の本屋を楽しむ人たちが生まれた、これもまたコラムを終えるときが来たってことだろうとも受け止めています。

変化は誰にでも訪れる——そういうことだ、というふうに。

あなたの街の本屋も、もしかしたら何かしらの変化が起きるかもしれません。それはあなたの意には沿わない変わり方かもしれない。でも、そんなとき、たとえば閉店を悲しむのでもなく、昔との差異を嘆くのでもなく、変化も丸ごと受け止めるのはどうでしょうか。そんなふうに考えられたら、変化のその先で何が起きるのか、楽しみになってくるんじゃないかと思うのです。

本屋の旅だけではありません。人生の旅路にも、きっといろんな変化がやってくる。私自身は、それをも含めて、これからの旅を楽しみたいと思っています。何を隠そう、人生に大きな変化を起こしたくて私は台湾にやってきました。変化は悪者なんかじゃない。もしかしたら希望かもしれません。未来に向けた一歩になるもの。皆様の次の旅の一歩が、ワクワクするものでありますように。

心よりの感謝を込めて。本当に、ありがとうございました。

おっと、コラムは店じまいですが、このサイトはこれからも続けていきます。よろしかったらまた、お立ち寄りくださいませ。

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