家事は誰のものか

dasao既婚女性の多くが口にする結婚生活の残念な点ぶっちぎりトップに上る項目は、旦那との家事の分担ではないだろうか。これまで嫁サイドから聞いてきたのは、服を脱ぎ捨てたままにする、自分の食べた皿さえ洗わない、料理はからきしできない、子どもの世話をしない、嫁が風邪を引いても嫁のことより自分のメシを気にするなどなど、惨憺たる話ばかりだった。日本が少子化に向かったのは、上の世代から残念な結婚生活の姿ばかり見せられ、聞かされ続けてきたからじゃないだろうか、とさえ思っていた。

台湾留学に来てホームステイしていたお宅では家族全員で家事を分担していた。分担には子どもたちも含まれていて、料理、洗濯、掃除、ゴミ捨て、買い物など、大半が当番制になっていた。(中華圏は男性が家事やるっていうもんね。さすがだわ)と感動していたのだけれど、大哥の実家に行って仰天した。お父さんは家事をまったくやらない。この違いがどこから来るのか不思議に思っていたら先日、ヒントを得た。

 

スポンサーリンク


 

大手スーパーで買い物した時のこと。とある道具を買うことに決めたら、大哥が「ちょっと待ってて。カート持ってくるから」とその場を離れた。道具の説明をしてくれていたおばちゃんが「日本人でしょ?」と話しかけてきた。

「すごいわねえ。旦那さん、家事を手伝ってくれるなんて」
「いやあ、そんなたいしたことないですよ」
「お皿は洗ってくれる?」
「ええ、時々」
「床掃除は?」
「もともと彼の担当なんですけど、結局わたしがやってますね」
「洗濯は?」
「基本はわたしですけど、手伝ってはくれます」
「じゃあ、すごいじゃない!」
「すごいんですか!? 台湾の男性はもっと家事するもんだと思ってました」
「本省人の家はだめね。日本統治時代に男性はやらなくてもいいって教育を受けたから。でも外省人の家は男性も家事をやるわよ」

こんなところに本省外省の違いが現れるのかと驚いた。もしかしたらおばちゃん個人の感覚かもしれないけど、なぜだかあたっている気がする。要らん教育してくれたもんだ…とため息ついたのは、わたしだけではないだろう。

 

スポンサーリンク


 

男女がどうこうと言うつもりはない。ただ、仕事と家事は暮らしの両輪だ。だから、どちらかがどちらかしかできないのではなく、男性も女性も家事と仕事の両方ができるようにしておく必要がある、と考えている。そうでないと、子どもが産まれたり、病人が出たり、全員野球しなきゃいけない時に、どちらかに押し付けているようでは共倒れ率が高くなる。つまり家事は両方のものだと思うんである。

大哥と結婚前、一つだけ彼に宣言したことがある。「あなたと結婚はするけれど、あなたの家政婦になるつもりはない。わたしも働くし、家事もする」と。実家から独立して暮らしていた彼は「家事が半分になるだけでうれしい」と喜んだ。ところが、披露宴の準備が立て込んでくると「俺の担当だから」と言っていたことさえもやらなくなっていた。それは床掃除である。

台湾の住宅の床はタイル貼りが多い。室内で靴を脱ぐ習慣はあるけれど、日本のように玄関がきっちり区分けされていなかったり、独特の黒い土が入り込んできたりで、あっという間に汚れる。「 2 週間に一度はやるから」と言っていたのに、初回以降、床掃除の姿をとんと見かけない。すると先日、「この間、会社で使った床掃除の道具が使いやすかったんだよ! 足で踏めば水が切れてさ〜」と言うではないか。ほほう。床掃除ねえ…

…ということで即買ってきたのが、新しい掃除道具である(写真参照)。カレンダーには、ご本人の希望できっちり床掃除のスケジュールを書き込んだ。披露宴も終わったことだし、少しずつ家事を移行させる作戦を実行していくつもり。ふふふ。

 

 

スポンサーリンク


 

One Thought on “家事は誰のものか

  1. Pingback: 家事は誰のものか 2—連鎖の切り方 | フリーランスな台湾暮らし

Post Navigation