家事は誰のものか 2—連鎖の切り方

dasao前回、家事の話を書いたら反響があったので、ちょっと別の角度で書くことにする。東京で母と妹、そしてわたしの 3 人で暮らしていた時のことだ。父が他界して以降、新しい家族の形を立て直しながらゆっくりとできたルールに「できる人ができることをできる時にやる」があった。当時は、パーキンソン病 20 年選手の母、介護疲れで体調を崩した妹、稼ぎ手のわたしという構成メンバーで、家事を固定化するのはあまり現実的ではなく、それぞれが身体と時間が許せばこなす、というふうになった。わたしと妹が 2 人で、調子がよければ母を連れて出かけた買い物も、病の進行にともなって徐々に難しくなり、野菜の宅配を頼んだ。そうやって、状況に応じて家事の進め方を変化させていた。

 

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なんの流れだったか忘れたが、やっぱり家事労働の分担について友人と話していた。そのとき、ふと思い出して、当時熱心にやっていた片付けの本で読んだ一節のことを話題にした。タイトルも忘れてしまった本のあとがきに「子どもは『片付けなさい』と言ったからといって片付けられるようになるわけではありません。一緒におもちゃを片付け、片付けのやり方をきちんと学んではじめて片付けられるようになるのです」とあった。また別の本では「わが家では、一人一人に洗濯かごがあります。洗濯した自分の衣類はそこに入っている。そこから自分の引き出しに片付ける作業は、それぞれの責任でやるのです」とあった、というような話をした。そんな話をしたのは、母が言っていたことにも関係していた。

「子どもに家事を教えるかどうかは、どんな大人を育てたいかってことと同じよ。自分の旦那さんと同じようにするのか、そうじゃないか。自分の苦労をもう子どもたちにはさせたくないと思えば、子どもに家事を教えることは必要なんじゃないかしら」

 

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仕事は、働きに出てから学んでいく。一方の家事はどうか。家事スキルを次の世代に渡すチャンスが暮らしに意識的に設けられているだろうか。自分がやったほうが早い、誰もやらない、と自分ですべてを引き受けていないか。それは裏を返せば学ぶチャンスがない、ということにならないだろうか。わたしと妹は、親が病にかかって家事をする立場になった。病という面で見れば残念だけれど、だからこそ家事を学ぶ大きな機会を得た、ともいえる。また、男親が家事をする家庭で育ったこともあり、やっぱり家事を女性のものだけにするのはヘンだ、という視点もある。

家事の連鎖は、「男性がやろうとしない」という側だけが取り上げられることが多いが、果たしてそうだろうか。やっぱり現代の、特に女性が、家事を少しずつでも周囲に渡していけるかどうかにだって原因があるのではないか。たとえば女親が担う姿しか見せていなければ、あるいは、家事を家族一人一人のことだと思う環境を作り出せていなければ、それを見て育った子はそれがきっと当たり前になる。女性が苦労する連鎖は断ち切れない。女性が楽になるには、女性から変わらなきゃいけないんじゃないか。次の連鎖をどう作るかは、今を生きるわたしたちの振る舞いにかかっている。

洗濯かごのシステムは、当時のわが家でも取り入れていた。友人は即座に「それはいいね。やってみる。そうじゃないとパンツがない!とかって全部わたしのせいになるからね」。その後、彼女の家ではお風呂掃除は当番制になった。掃除を忘れたら、どんなことになるかも一緒に体験し、次から忘れなくなった、というプロセスも経て。

 

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もう一つ。留学して気づいたのは、家事能力と留学生活は深く結びついている、ということだ。家事能力がないままに留学生活を始めると、語学も生活環境もすべてゼロにすることになる。一気にやらなきゃいけないことが多くて、実はしんどい。でも、すでに家事能力があれば、少しは語学の学習に傾けられる。磨くのは語学だけでいい。

暮らしを形づくるのは、仕事と家事だ。誰だってパーフェクトにはできない。苦手なこと、得意なこと、いろいろある。仕事と家事の分担をどうするかという問いは、一人暮らしでは成り立ちにくい。誰かと暮らし、家族になってはじめてこの問いが立つ。解はいろいろあるだろう。ただ、女性の側が注意深くないと、きっと女性が家事を引き受けるという連鎖は断ち切れない、そんな気がする…ということを考えながら、新しい家族の方法を試行錯誤していこうと思う。

 

 

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