台湾で出逢ってほしいシーン3

miao
台湾に来てから、街を歩いていて何気ないシーンを目にして(わあ!)とほっこりした気持ちになることがよくある。(わあ!)となるのは、やっぱり日本では、そうしたシーンをあまり見かけられないからだろう。無理をしているのではなく、当然のこととしてやる。その自然なやり取りを見ていると、とても幸せな気持ちになる。日本から旅行でいらした方が見かけられるといいなあ、と思うシーンをあげてよう。台湾旅行の際、ぜひ車内や街角での観察も楽しんでいただけたらと願う。

おじいちゃん、おばあちゃんのお出かけ

車いすに乗って、杖をついて、おじいちゃんもおばあちゃんも出かける。横には、たいてい外国人らしき介護士の方、もしくは家族の誰かが付き添っている。障碍を持っている人も同じ。「出かけられる」って素晴らしいなあと思うのだ。日本では、車いすに乗っている人が一人で移動する姿をよく見た。こちらではたいてい誰かが一緒だ。時には家族全員での外出だろうと思われる姿もある。

一日の大半を部屋やベッドで過ごしている人にとって、お出かけは一大事。それは同時に、周囲にとっても一大事になる。でも、そうではなくて一緒に出かけることが普通に起こるという感覚が共有できるのは、社会の許容度を表している気がする。

手をつないで歩く人たち

日本で手をつないで歩く組み合わせといえば若いカップルだけれど、それに限らず、台湾では手をつないでいる人をよく見かける。特に羨ましくなるのは、年配のご夫婦が手をつないでいるシーン。きっと、いろいろな紆余曲折があって、この年齢までずーっとこうしてきたんだろうなあと思うと、そういう夫婦はいいものだ、と思う。もう一つ、日本で見られないだろうなあと思う組み合わせは、親子。といっても、小さい子とお母さん、という組み合わせではない。中年になったおじさんとおばあちゃん、中学生くらいの男の子とおばさんなどなど、日本よりその組み合わせはバラエティに富んでいる

車内ですっと席を替わる

台湾の公共交通機関にも「博愛座」という名の優先席がある。でも、そういうのとは関係なく、お年寄りや妊婦さん、大きな荷物を持った人など、何かあれば誰かがすっと席を立つ。日本だとどこか気恥ずかしい様子が見受けられるけれど、台湾では堂々とやる。そのデフォルトの姿勢がとっても羨ましい。

あるとき、学校の帰りでバスに乗っていたら、何やら前のほうでおばちゃんが騒いでいた。どうやら電子カードに残金がなく、バス代に足りなかったんだけど、小銭が出てこない、ということのよう。すると、同乗していた会社員らしき男性が、すっとカードを出して「わたしが払いますよ」とおばちゃんの分を払った。時間にしたってたいしたことない。「お金、払うから!」とおばちゃんが言うのを「いいから」と制してすっと下りていった姿に、なんだかうわあ!だった。

この、すっと立って席を替わるシーン、観光の目玉にできるんじゃないかと思うくらい素晴らしい。台湾の人を思いやる気持ち、輸出できればいいのに、と思う。日本では少し前、電車内のベビーカー論議が起こっていた。人が多いから余計にそういうことにもなるのだろうけれど、気持ちが狭くなっているんじゃないか。

わたしがバスをよく利用するからかもしれないけれど、台湾では、お年寄りも、大病後の人も、杖をつきながら出かける姿をたくさん見かける。そしてそのバスの中では、たいてい誰かが席を譲ったり、荷物を持ってあげたり、という次の場面を見ることができる。その姿を見ているとだから、出かけられるんだと思うことしきり。日本も遠慮なく出かけられる場所であってほしい。

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